「………久実ちゃん?」「わからない。調べてみる」もしも体に負担になる行為ならできないかも知れない。そうしたら、彼は私を捨てるのだろうか。「何度か手術してて……。傷があって……。肌を見せるのも躊躇してしまうと……思う」「ふーん……」彼は感情がわからないような返事をして、無表情のまま景色に視線を戻した。突然、雰囲気が悪くなった気がする。「やっぱり。私みたいな女って恋愛対象外になってしまうのかな……?」「うーん。久実ちゃんのこと可愛いって言っている奴は多いけど。きっと誰も知らない事実だろうね」「……………うん」「俺もかなりショック。詐欺に遭った気分」「そんな、騙そうなんて思ってないよ」「でも言わなかったから詐欺じゃん。マジで時間返してって感じなんだけど」スマホをおもむろに見た。「あ、ごめん。そろそろバイトだから帰るわ」彼は帰ってしまった。今日は一日予定が空いていると言っていたのに。私を一人残して……。さっきまで繋がれていた手をじっと見つめる。「なんだったの」詐欺だなんて、私のセリフだ!涙は流したくなくて、ぐっと堪えた。外に出るとすっかり暗くなっている。風も冷たいし本当に切ない気分になってしまう。こんな時は赤坂さんに会いたくなるけど。赤坂さんを忘れるために付き合ってこんな目に遭ったのだ。理由を聞かれても言えるはずがない。真っ直ぐ帰る気分になれなくて賑わっているほうへと歩いていると、色んな人に声をかけられた。スカウトマンだったり、ナンパだったり。皆……、私の病気のことを知らないで声をかけてくる。そして、知ったら、逃げて行くくせに。だんだんと自分が嫌な性格になっていく気がする。卑屈になって素直じゃなくなって。可愛くない女になっていく。バッグに入っている携帯が鳴り確認する。『どうだった? 初デート』朋代からのメールだ。立ち止まって返信をする。『病気のことを言ったら置いて行かれた(笑)今、街をぶらぶらして帰るところー』いっぱい絵文字をつけて明るく振る舞う。『……大丈夫?』『大丈夫!』私は友達にも弱みを見せられない女になってしまったのだ。信号が赤になる。このまま歩いて車にひかれたいとさえ、思ってしまった。こんなの、自分らしくない。
あのデートから数日後。お風呂から上がって自分の部屋に戻った時、机に置いてあった携帯が震えた。誰からだろうと思って確認すると、彼からのメールだった。『病気のこと知らずに好きだとか言って、ごめん。本気で久実ちゃんのことを好きになってしまったら困るから、別れよう』くすっと笑った。馬鹿みたい。バカ、バカ。バカ。『了解です』返信をしてすぐにメールアドレスを消去した。ゲームのリセットボタンみたいにすべて消すことができればいいのに。さほど、好きじゃなかった人に言われてこんなに悲しいのだから、赤坂さんにもし告白をして、付き合えないと突き放されたら……。奈落の底まで落ちて生きられないかも知れない。誰かを好きになるなんて――無駄なこと。私には夢も希望もない。もう、誰とも付き合わない。キスもセックスも経験しないで死ぬのを待つのだろう。くだらない……。人生って不平等だ。ベッドに倒れた私は目を閉じた。すーっと涙が流れてくる。どうして、こんな思いをしなければいけないの? 短大にも行きたくない。……けれど、お母さんとお父さんを悲しませてしまうから、それだけは続けないと。一人っ子である私。両親にとっては大事な存在であるだろう。負けちゃ駄目だ。
十二月に入る頃、私は講義を聞き終えて立ち上がった。「大丈夫か? 顔色悪いぞ。心臓痛いの?」同級生の男性に声をかけられた。「え?」「……お前、心臓病なんだろ?」きっと――彼が病気のことを言いふらしたのだろう。いろいろと調べたら、激しくは駄目だけど、愛を確かめ合うじっくりゆっくりとしたものならいいと書いてあった。「そうなの。でも、大丈夫、ありがとう」変なプライドが邪魔して満面の笑みを浮かべた。隣で一緒に講義を受けていた友達と教室を出た。短大の食堂へ行って券売機の前でメニューを選んでいる。すると、女の子と、笑顔で、手を繋いで歩いている彼を見かけた。だんだんと距離が近づいてきて逃げようと思ったのに、動けなかった。もうすぐに新しい女性に乗り換えたらしい。軽すぎる。あんな奴と別れてよかった。「おっす。久しぶり」なんて言われる。「誰~?」甘ったるい口調での女の子がこちらをチラッと見てくる。「大丈夫か? 心臓病はどう?」「…………」沈黙する私。友達は「ちょっと、あんた!」と、怒鳴りだす。「えー心臓病なの? 可哀想に」彼女さんらしき女の子は、彼にべったりくっついている。視線が集まってひそひそ話をされて、人だかりができてしまった。すごく悲しくて、腹立たしくて、感情がコントロール不能になり涙がボロボロとあふれてきた。目眩がする。息が……苦しい。私はその場にしゃがみこんでしまう。「苦しい……っ」そのまま私はそこで意識を失ってしまった。
目を覚ますと病院のベッドの上だった。酸素マスクをしていて、点滴に繋がれている。「久実っ」お母さんが心配そうな顔で覗きこんできた。すぐにナースコールを押して看護師さんと医者が来た。医者は私の様子を確認した。「念のため数日入院しましょう」最近ずっと入院してなかったのに。愕然としてしまった。やっぱり私は一生こんな生活を送っていかなければならないのだ。夕方になり、お母さんが帰った。二人部屋だったが、もう一つのベッドは空いているから今夜はここで一人で眠ることになる。一人は慣れているのに心細くなる。私のベッドは窓側。安静にしていなきゃいけなくてひたすら空を眺めていた。携帯が震えて、確認すると赤坂さんだった。『ちょっと時間空いたんだけど、会えないか?』私は、ぼーっとメールを眺めていた。もしも、私が病気じゃなかったら赤坂さんと普通に会えていたかな。……いや、病気だったからこそ出会えたのだ。「複雑…………」ポツリとつぶやいて、目を閉じる。すると、ブーブーと長めのバイブ音が聞こえて電話だと思い画面を確認すると、赤坂さんだった。せめて声が聞きたくて通話を押してしまう。「もしもし」『久実』「こんばんは」『ああ、どーも。……忙しいか? たまに会いたいんだけど……』「入院しました」『はあ? なんで知らせてくれないわけ? いつもの病院?』「…………」こんな弱々しい姿を見られたくなかった。ちゃんと、化粧して可愛い姿で会いたかったから、無言になってしまった。『おい』「…………」『なんなの?』「秘密」『あっそ。じゃあな』電話が切れた。握った携帯を布団に置いて天井を眺める。真っ白だと思っていた天井は、微かに模様が描かれている。新たな発見をした。しばらく黙っていると、足音が近づいてきて部屋の前で止まる。カーテンをしているから誰が来たのかはわからない。……けど、赤坂さんだと思った。咄嗟に目を閉じて寝たふりをする。ゆっくりと足音が近づいてきてカーテンが開いた音がして、近くまで来たことを悟った。赤坂さんの匂いがする。大好きな香り。だけど、ちょっとだけ煙草臭い。近くに置いてあった椅子に座った音が聞こえた。眠っているのに、帰らないのだろうか。すると、突然体に体重がかかった。
なんだろうと思って思わず目を開けると、赤坂さんが添い寝しているのだ。「………っちょ」「やっぱり、狸寝入りじゃん」そう言っておでこに軽くでこピンされる。赤坂さんは起き上がって椅子に座り直した。「病院、どうしてわかったの?」「お母さんに聞いた」「………そう」「大学でなんかあった?」鋭い質問に驚いてしまう。顔がこわばる私を見て赤坂さんは笑う。「わかりやすいな、久実」「……」「どうしたの?」あまりにも優しい声だったから心が揺れ動く。この苦しい気持ちを聞いてもらいたいって思ってしまった。「彼氏に振られたの」「……お前っ、彼氏いたのか?」私に恋人なんかできないと信じていたような様子だ。失礼だなと思いつつ私は言葉をつないだ。「いっぱい好きって言われて。私も年頃だし付き合ってみたかったの」「なんだ、それ」「でね……デートしたんだけど。心臓病だと言ったら、振られた。そういうことできないだろうって言われて……。詐欺だって言われちゃった」赤坂さんを見ると笑顔が消えて怖い顔をしている。握り拳が作られていて震えていた。「好きじゃなかったから、いいの」「好きでもない奴と付き合ったのか?」「うん。いろいろあったの」「久実はそんな子じゃない」「赤坂さんは私を過大評価しすぎ」笑って見せたけど、赤坂さんは怒りに満ちていて怖かった。「病気を隠していたわけじゃないけど、言いふらされて。腹立って叫んだら倒れちゃった。こんな身体もう嫌だよ」あえて明るく言うけど、赤坂さんは笑わない。「だけど、いい経験になった。……もう、誰のことも好きにならないで生きていく」自分の中で決まった大きな目標だ。赤坂さんへの思いだって消してみせる!「なんでそんな悲しいこと言う?」「えっ?」「たまたまそいつがバカな男だっただけだ」目を合わせていられなくなって窓に目をやった。もう空は真っ暗。赤坂さんの彼女だったら――どれほど、幸せなのだろうか。諦めようって思うのに、赤坂さんは素敵すぎる。思いが膨らんでしまうじゃない。どうしてこんなに素敵な人に、出会ってしまったのだろう。そして、恋心を抱いてしまったのだろうか。こんな甘い感情があるなんて、知りたくもなかった。「赤坂さんの彼女は、幸せだろうねー」また明るい口調で言って赤坂さんを見ると、すごく真剣な表情を
*久実二十二歳 赤坂二十八歳赤坂side二十歳になるまで手を出さないで待とうと決めて、やっと二十歳になった久実。それなのに恋をしないと言い出した。久実を傷つけた男をどれほど憎んだことか。無理やり迫ろうと思ったこともあるが、絶対に俺は久実を手に入れたかったから、久実の心の傷が癒えるまで気長に待つことにした。あれから二年。久実は短大を卒業して就職をした。病気のことも理解してくれる会社に入り、事務職をして頑張っている。俺はCOLORとして相変わらず仕事をさせてもらっていて、お陰様で忙しい毎日を送っていた。そろそろ、限界が来そうで怖い。久実のことが好きすぎて夜な夜な考えてしまうのだ。仕事をしていても気になるし、この気持ちをどうすればいいのかわからなくなっていた。休みがあれば久実を家に呼び出して他愛のない会話をしているのが定番だ。社会人になり、ぐっと大人っぽくなって色気も出てきた。今日は日帰り温泉に二人で行く約束をしている。暑い夏だからこそ風呂に行こうと意味のわからない誘い方をしたが、久実はOKしてくれた。俺に対してはまったく警戒心がないらしい。俺も立派な男なのだが。個室がある宿で昼食と夕食を摂って帰って来るプランだ。そのまま泊まってしまいたいところだが、明日は朝早くから仕事があるから無理。久実も有給を取ることができて、このデートが叶った。俺はデートだと思っているが久実はただの遊びだと思っているだろう。車で待ち合わせの駅まで迎えに行くと、麦わら帽子を被って白いワンピースのスカートをゆらゆらと揺らしながら立っている久実がいた。「…………俺の愛しい女」何度か迫ろうとしたことはあったが、まだ傷は癒えてないらしく強引に迫ることが出来なかった。今日こそはといつも思いながら時だけが流れていく。俺の車に気がついた久実が駆け足で近づいてくる。ドアを開けて乗り込んでくると優しい香りがした。「おはよう」「おはようございます」車を走らせる。ラジオからは軽快な音楽が流れていた。平日の朝から久実と過ごせるのは、とても幸せだ。「仕事どうだ?」「うん、皆さん優しいしいい職場だよ。定期健診で休むこともあるけど快く休ませてくれるし」「そうか。安心した」旅館について早速ランチが用意された。和室で心地よい風が入り込んでくる。緑の揺れる音が
久実side露天風呂付き客室は落ち着きのある場所なのに、赤坂さんと二人きりでいるせいか落ち着きない私。お風呂に浸かりながら外を見ているけれど何も考えられない。二人きりで温泉に来るなんてまずかったかな。私がお風呂から上がって、赤坂さんが入っている間に家に戻ってしまおうか。ガラっと音がして振り向くと全裸の赤坂さんが立っていた。状況が理解できずにポカンと見入ってしまう。締まった身体には筋肉しかついていない。芸術品を見ている気分になった。が、同時に私も見られているのだと理解し慌てて背中を向けた。「なっ、なんなの! 冗談でも笑えないから!」体の傷を見られてしまう。それだけは絶対に嫌だった。お湯が揺れる。赤坂さんが中へ入って来たのだ。私のことを妹のような存在だと思っているから平気でこんなことをしてくるのだ。だから私も平気なふりをして対応する。「覗かないでって言ったのに」「覗いてない」「はあ?」「堂々と見てる」「………なにそれ」「混浴くらいいいだろ」「よ、よくない!」一緒に入るのが嫌なんじゃなくて、どちらかと言うと、胸にある傷を見られたことにショックを受けていた。赤坂さんが付き合ってきた人たちは超美人な人ばかりだろうから、がっかりされたくなかった。心臓がドキドキしすぎて耳まで熱くなってしまう。ぎゅっと後ろから抱きしめられる。素肌が密着していて、頭がおかしくなっちゃいそうだ。「いやっ」「何もしないから」「充分、してる! 離れてって」立ち上がろうとすると、さらに力が込められる。赤坂さんったら、久しく彼女がいないからそんな気分になったの?「なぁ? 傷は癒えた?」困っている私の耳元でつぶやかれる。「は?」「ハタチの時の……失恋の傷」そんなことすっかりと忘れていた。「…………癒えたけど、もう恋愛はしないことにしてるの。お願い、離して」赤坂さんの硬いものが背中に当たってビクッと身体が震えた。赤坂さんはどんな気持ちなのだろうか。なんとなく流れでしてしまって関係が壊れるなんて、嫌だ。「久実……あのな、聞いてほしいことがあるんだけど」「無理。熱くてのぼせちゃう」「…………お前はさ、俺が男だってわかっていて温泉に来たんだよな?」「今、わかった! ごめんなさい。赤坂さんを信じた私は大バカでした」「じゃあ、責任取れ」
*朋代と仕事帰りに会えることになり、近くのカフェで落ち合っていた。先日のことを相談しようか迷ったけれど、心に閉まっておくことができなくて朋代に相談した。「………久実のこと、好きなんじゃないの?」確信ある声に私は一つ頷いた。「そうかもしれないね」赤坂さんの先日の態度で、薄々と気がついてしまった自分がいる。私なんかを好きになるはずがないと思っていたけれど。赤坂さんは本当に優しい人だから、私を励ましている間に情が移ってしまったのかも。「いいじゃない。両想いなんだから」ニヤニヤ笑いながらからかうように言ってくる朋代。本来であればとてもいい報告に聞こえるかもしれないけれど、私の場合は違う。笑って惚気話をしている状況ではないのだ。「実は、検査結果があまりよくなくて……」「え?」カフェラテを一口飲んで真剣な表情で朋代を見つめる。「もしも、付き合って……。私が早く死んじゃったら、可哀想じゃない? あの性格なら一生、他の女と付き合わないとか言いそうだし」明るい口調で言ったけれど、かなり切なかった。きっと赤坂さんは、もしも付き合った彼女が死んでしまったら……。時間があればお墓に来ているだろうと思う。そんな悲しい姿を想像するだけでたまらなく切ない。だからこそ、情が移りすぎないように、もう会わないほうがいいかなと思っている。「ごめん、久実。私、何もわかってなくて」朋代は申し訳無さそうな顔をして、私を見ている。「謝らないで。仮に……彼が私を好きになってくれていたとしたら、幸せだったよ。あんなに凄い人が好いてくれたなんて、生まれてきて良かったと思えるし」「もっとワガママになりなよ。付き合えばもっと幸せな思い出を作れると思う」私は、首を横に振った。「いいの」「久実…………」「生きている間に心から好きだと思える人に出会えたことが、素晴らしい出来事だったから。あの人を思って切なくなって温かい気持ちになって。色んな感情を教えてくれただけでも感謝だよ」「普通のことを、幸せだと……思えることを、教えてくれた久実に私は感謝してる」いつも元気でハキハキしている朋代が目に涙を浮かべていた。
「赤坂さんのことが好きでも……両親の言うことを聞かなきゃって思って」「ってかさ、なんで早く言わなかったんだ?」苛立った口調に怖気づきそうだった。「考えて悩んで……私もそう思ったから。それに、これ以上迷惑をかけちゃいけないって思ったの」「迷惑だと? ふざけんじゃねぇぞ」乱暴に私を抱きしめた。赤坂さんの胸に閉じ込められる。かなり早い心臓の音が聞こえてきた。「俺のこと信じろって」「赤坂さん。ごめんね」「バカ」涙があふれ出し、私は赤坂さんにしがみついた。赤坂さんはもっと強く私を抱き止めてくれる。「でも、好きな気持ちには勝てなかったの」「………」体を起こしてキスをされた。すごく優しいキスに胸が疼く。私のボブに手を差し込んで熱いキスに変わっていく。舌が絡み合い、濡れた音が耳に届いた。唇が離れると赤坂さんは今までに見たことない瞳をしている。「久実、愛してる」「……私も、赤坂さんのことが好き」「俺もだ」「今まで本当にごめんなさい」「大好きっ、赤坂さん、大好き」「うん。俺も」私も赤坂さんのために自分のできる限り尽くしたいと思った。守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたい。頭を撫でられて心地よくなってくる。「両親に認めてもらえるように……頑張るから」赤坂さんはつぶやいた。だけど、すごく力強い言葉に聞こえた。「近いうちに会いに行きたい」「うん………」「やっぱりさ、思いをちゃんと伝えて理解してもらうしかないから」「そうだね……」「俺はどんなことがあっても久実を離さないから。覚えてろよ」頼もしい赤坂さんに一生着いて行く。私は赤坂さんしか、いないから。きっと、大丈夫。絶対に幸せになれると思う。私は赤坂さんのことが愛しくてたまらなくて、自分から愛を込めてキスをした。エンド
そして、四日になった。前日から緊張していてあまり眠れなかった。化粧をして髪の毛をブローした。リビングにはお母さんがいて、テレビを見ていた。「友達と会ってくるね」「気をつけてね」「行ってきます」家を出ると、まだ午前の空気は冷たくて、身震いした。手に息を吹きかけて温める。電車に向かって歩く途中も緊張していた。ちゃんと、思いを伝えることができるといいな……。赤坂さんに恋していると気がついたのはいつだったんだろう。かなり長い間好きだから、好きでいることがスタンダードになっている。できることなら、これから一生……赤坂さんの隣にいたい。マンションに到着し、チャイムを押すとオートロックが開いた。深呼吸して中へ入った。エレベーターが速いスピードで上がっていく。ドアの前に立つといつも以上に激しく心臓が動いていた。チャイムを押すと、ドアが開いた。「おう」「お邪魔します」赤坂さんはパーカーにジーンズのラフな格好をしているが、今日も最高にかっこいい。私は水色のセーターとグレーの短めのスカート。ソファーに座ると温かい紅茶を出してくれて隣にどかっと座った。足はだいぶ楽になったらしくほぼ普通に過ごせているようだ。「久実が会いたいなんて珍しいな」「うん……。話したいことがあって」すぐに本題に入ると、空気が変わった。赤坂さんに緊張が走っている感じだ。「ふーん。なに」赤坂さんのほうに体ごと向いて目をじっと見つめる。何から言えばいいのか緊張していると、赤坂さんはくすっと笑う。「ったく、何?」緊張をほぐそうとしてくれるところも優しい。赤坂さんは人に気を使う人。「私……、赤坂さんのことが好きなんです」少し早口で伝えた。赤坂さんは顔を赤くしているが、表情を変えない。「うん……。で?」「好きなんですけど、交際するのを断りました。その理由を話に来たんです」「……そう。どんな理由?」しっかり伝えなきゃ。息を吸って赤坂さんを見つめた。「両親に反対されています」「え、なんで?」「赤坂さんは恩人ですから……。 だから、対等じゃない……から……」頭の後ろに片手を置いて困惑した顔をしている。眉間にしわを寄せて唇をぎゅっと閉じていた。
年末になり、赤坂さんは仕事に復帰した。テレビで見ることが多くなり、お母さんと一緒に見ていると気まずい時もあった。四日に会う約束をしている。メールは毎日続けているが会えなくて寂しい。ただ年末年始向けの仕事が多い時期だから、応援しようと思っている。私も年末年始は休暇があり、仕事納めまで頑張った。そして、両親と平凡なお正月を迎えていた。こうして普通の時を過ごせることが幸せだと、噛み締めている。今こうしてここにいるのも赤坂さんと両親のおかげだ。心から感謝していた。『あけましておめでとうございます。四日、会えるのを楽しみにしています』赤坂さんへメールを送った。『あけおめ。今年もよろしくな。俺も会えるの楽しみ』両親が反対していることを伝えたら赤坂さんはどう思うだろう。不安だけど、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。
「……美羽さん。ありがとうございます」「ううん」「私も赤坂さんを大事にしたい。ちゃんと話……してみます」「わかった」天使のような笑顔を注いでくれた。私も、やっと微笑むことができた。「あ、連絡先交換しておこうか」「はい! ぜひ、お願いします」連絡先を交換し終えると、楽しい話題に変わっていく。「そうだ。結婚パーティーしようかと大くんと話していてね。久実ちゃんもぜひ来てね」「はい」そこに大樹さんと赤坂さんが戻ってきた。「楽しそうだね」大樹さんが優しい声で言う。美羽さんは微笑んだ。本当にお似合いだ。「そろそろ帰るぞ久実」「うん」もう夕方になってしまい帰ることになった。「また遊びに来てもいいですか?」「ぜひ」赤坂さんが少し早めに出て、数分後、私もマンションを出た。赤坂さんとゆっくり話すのは次の機会になってしまうが、仕方がない。本当は今すぐにでも、赤坂さんに気持ちを伝えたかった。二日連続で家に帰らないと心配されてしまうだろう。電話で言うのも嫌だからまた会える日まで我慢しようと思う。私は、そのまま電車に向かって歩き出した。
急に私は胸のあたりが熱くなるのを感じた。「占いがすべてじゃないし、大事なのは二人の思い合う気持ちだけど。純愛って素敵だね」私が赤坂さんを思ってきた気持ちはまさに純粋な愛でしかない。「一般人と芸能人ってさ……色んな壁があって大変だし……悩むよね。経験者としてわかるよ」「…………」「でも、好きなら……諦めないでほしいの」好きなんて一言も言ってないのに、心を見透かされている気がした。涙がポロッと落ちる。自分の気持ちを聞いてほしくてつい言葉があふれてきた。「赤坂さんに好きって言ってもらったんですけど、お断りしたんです」「どうして……?」「心臓移植手術が必要になって、多額な金額が必要だったんです。赤坂さんが費用を負担してくれて私は助かることが出来ました。両親が……」言葉に詰まってしまう。だけれども、言葉を続けた。「対等な関係じゃないからって……。お父さんが、財力が無くてごめんと言うので……」「ご両親に反対されてるのね」深くうなずいて涙を拭いた。「私を育ててくれた両親を悲しませることができないと思いました。それに、健康じゃないので赤坂さんに迷惑をかけてしまうので」うつむいた私の背中を擦ってくれる美羽さん。「そっか……。でも、赤坂さんは、誰よりも久実ちゃんの体のことは理解した上で好きって言ってくれたんじゃないかな」「…………」「赤坂さんに反対されていることは言ったの?」「いえ……」「久実ちゃんも、赤坂さんを大事に思うなら。赤坂さんに本当のことを言うほうがいいよ。赤坂さんはきっと傷ついていると思う。好きな人に付き合えないって言われて落ち込んでるんじゃないかな」ちょっときついことを言われたと思った。だけど、正しいからこころにすぅっと入ってくる。美羽さんは言葉を続ける。「久実ちゃんがね、手術するために日本にいない時に……。さっきも言ったけど、私、大くんと喧嘩しちゃって赤坂さんに相談に乗ってもらったことがあったの。その時から、久実ちゃんのことを聞かせてもらっていたの。赤坂さんは心底久実ちゃんを好きなんだと思うよ」必死で私をつかまえてくれる。赤坂さんの気持ちだろう。痛いほどわかるのだ。なのに勇気がない。私は、意気地なしだ。でも、このままじゃいけないと思った。勇気を出さなければ前に進めないと心が定まった。
楽しく会話をしながら食事していた。食べ終えると、大樹さんは赤坂さんを連れて奥の部屋に行ってしまう。美羽さんが紅茶とクッキーを出してくれた。二人並んでソファーに座る。部屋にはゆったりとした音楽が流れていた。自然と気持ちがリラックスする。しばらく、他愛のない話をしていた。「赤ちゃんがいるの」お腹に手を添えて微笑んでいる美羽さん。まるで天使のようだ。「安定期になるまでまだ秘密にしてね」「はい……。あの、体調大丈夫ですか?」「うん。妊婦生活を楽しんでるの。過去にできた赤ちゃんが帰ってきた気がする」美羽さんは、過去の話をいろいろと聞かせてくれた。辛いことを乗り越えた二人だからこそ、今があるのだと思う。気さくで優しくてふんわりとしていて本当にいい人だ。紫藤さんは美羽さんを心から愛する理由がわかる気がする。私は心をすっかり開いていた。「赤坂さんのこと……好きじゃないの?」「え?」突然の質問に動揺しつつ、マグカップに口をつけた。「いい人だよね、赤坂さん。きついことも言うけど正しいから説得力もあるし」「……」「実は 夫と喧嘩したことがあってその時に説得してくれたのも 赤坂さんだったの」「 そうだったんですね」「二人は……記念日とかないの?」「記念日なんて、付き合ったりはしていないので」「はじめてあった日とか……。何年も前だから覚えてないよね」ごめんと言いながらくすっと笑う美羽さん。初めて赤坂さんに会った日のこと――。子どもだったのに鮮明に記憶が残っている。まさか、あの時は恋をしてしまうとは思わなかった。こんなにも、胸が苦しくなるほどに赤坂さんを愛している。「ねえ、果物言葉って、知ってる?」「くだものことば? 聞いたことないです……」「誕生花や花言葉みたいなものなの。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったもので……。果物屋の仲間達が作ったんだって」「はぁ」美羽さんは突然何を言い出すのだろう。ぽかんとした表情を浮かべた。「あはは、ごめん。私フルーツメーカーで働いていたの。なにかあると果物言葉を見たりしてさ。基本は誕生日で見るんだろうけど……記念日とかで調べて見ると以外に面白いの」「そうなんですか……」「うん。大くんと付き合った日は十一月三日でね、誕生果は、りんご。相思相愛と書かれていて……。会わな
タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。
「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」
久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。